日本人iPhoneプログラマーの若宮氏。
なんと81歳でゲームアプリ「hinadan」を開発し、Apple社のティム・クックCEOに招待されてアメリカまで会いに行ったという世界最高齢のプログラマーです。
高校卒業後に当時の三菱銀行(現三菱UFJ銀行)に入行し、定年まで勤め上げた後、その後まだインターネットの普及していない時代にパソコンを購入。
パソコン通信を通じて人と繋がる魅力に気がついたとのこと。
これで「世界と繋がる翼をもらった」と感じたそうです。
定年後もメロウ倶楽部の副会長やNPOブロードバンドスクール協会の理事などでコンピューターにかかわる活動を精力的にこなしておられます。
若宮氏の名前を世に知らしめたのは、エクセルのセルに色付けしてアート作品に仕上げる「Excel Art」。
「Excel Art」の発案者としてもの顔も持ち合わせておられます。
Excelで「算崩し」とか「重ね菱」のような文様をデザインするこのアイデアは、高齢者が表計算としてのExcelの機能を持て余すことに気がつき、エクセルの別の楽しみ方として導入。
このことで、手芸好きなお年寄りのみならず若宮氏自身もはまってしまい、作成したデザインを服やカバン、アクセサリーにつけて楽しんでおられます。
さらには、政府主催の「人生100年時代構想会議」の有識者議員に選ばれたり、国連の社会開発委員会で基調講演をしたり、本を出版したりとますます活躍の場を広げておられます。
さて、ゲームアプリ「hinadan」の開発秘話をご紹介したいと思います。
若宮氏は、スマホをお年寄りにもっと身近なツールにしようと考えていました。
若者がアプリゲームを楽しそうに使用していることにヒントを得、お年寄り用のゲームアプリがあればスマホがお年寄りに身近なるのでは、と考え開発を思い立ちました。
ところが、お年寄りのアプリを開発してくれるところが見つかりません。
そこでお年寄りのニーズが最もわかる自分がアプリ作成することにしたというのです。
そこでお友達の縁をフル活用、画像、アイコン、音声、BGMなどのできる人にお願いして開発していったそうです。
そのアプリが世界中のメディアに取り上げられ、Apple社のティム・クックCEOに招待されるきっかけにたったとのことです。
このように素晴らしいご経歴をお持ちの若宮氏ですが、お話を聞いていてすごいと思ったポイントがいくつかありましたので、述べさせていただきたいと思います。
ポイント
- 正社員として定年まで勤め上げ、その後の活動が評価されていること
- インターネットが一般的でない時にパソコンを購入し、「世界と繋がる」ことに気がついたこと
- 常にユーザー視点でニーズをもとにアイデアを着想し、具現化しているところ
- 変化していく環境を前提に柔軟に自らが変化していっているところ
正社員として定年まで勤め上げ、その後の活動が評価されていること
若宮氏は、タイトルにもありますように挑戦することに遅いことはない、という考えの持ち主です。
なぜ、そう思われるのかを想像するに、若宮氏は、強い好奇心の持ち主だと思うのです。
疑問に思ったりわからないことがあったりすれば、徹底的にわかるまで行動するタイプの方。
好奇心を持つことに年齢のハンディは、ありませんよね。
インターネットが一般的でない時にパソコンを購入し、「世界と繋がる」ことに気がついたこと
このエピソードから、若宮氏は、新しいもの好きであるのではないでしょうか。
年を重ねると古き良き伝統に興味が向く方が多いのですが、こと若宮氏に限っては、常に最新のテクノロジーに関心が向くタイプの方とお見受けされます。
若宮氏は、お気持ちがいつも若いのでしょうね。
常にユーザー視点でニーズをもとにアイデアを着想し、具現化しているところ
ExcelArtやiPhoneアプリの開発をされたことから、若宮氏は常に現場のニーズを知り尽くし、ユーザーが興味のあることをテクノロジーとマッチさせたり、最新のテクノロジーをお年寄りの手元に使える状態にして提供したりすることが得意なのではないでしょうか。
ユーザーが求めるものが世に無いとなれば、自らアプリを開発した、という高い行動力も見逃せません。
変化していく環境を前提に柔軟に自らが変化していっているところ
世の中が激しく変化していることにも向き合い、自ら変化して行こうとしているところも若宮氏の特長です。
若宮氏は、一般的には高齢者と言われる分類に属している。
それにも関わらす、果敢に変化していく姿がすがすがしくもあり、人々から興味と感心を集め絶賛を博している理由と言えるでしょう。
若宮氏が予想する未来
若宮氏の発言から、これからの社会についてどう変わっていくのか考えたいと思います。
若宮氏は、ものとサービスは現場を知っている人が自分たちの役に立つものを自分たちで作る時代がくる、と発言されています。
現在のサービスは、提供者側の都合や利便性が優先されており、消費者もその都合を当たり前のように受け入れています。
本当にそれでいいのでしょうか。
例えば、バスの時刻表や運行ルート、バス停の位置も考えようによっては、その時間に利用したい人の行き先に合わせて都度違っていてもいいのかもしれません。
さらに当たり前の見直しにていても言及されています。
決まったスーツで満員電車に乗って毎日オフィスに出勤すること、毎年6月に同じ色のスーツで就活すること、本当に必要なことでしょうか。
これからの働き方は、個々が会社に属するのではなく、複数の企業から仕事を請け負うようになるのかもしれません。
常識の見直しも日本だけでは決められない。
急速に進むグローバル化は、そんな近未来を予感させます。
子や孫の時代は今と全く異なっているのです。
これからは、個々のニーズに合ったモノやサービスが提供されるより利便性の高い社会が実現する。
一方、多様性と常識にとらわれない変化に柔軟な個人が主体的にモノ、サービスを提供する社会に変貌していくのではないでしょうか。